旧約聖書:詩編 46章2~4節
新約聖書:フィリピの信徒への手紙 3章20~21節
説教題:「私たちの本国は天にあります」
讃美歌(説教後):讃美歌 21-507番
(説教者:武田英夫牧師)
パウロは大変誇らしげに「私たちの本国は天にある」(20節a)と言っております。この「本国」は別の訳では「国籍」となっています。それは、天の故郷とも言えます。天とは人間の力の及ばないところ、人間の限界を超えたところを指します。
いま神の右に座っておられる主イエス・キリストが、この世の私たちの許に降って来られる時があるというのです。このことを「使徒信条」も「かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審き給わん」と延べています。
「審く」とは神さまによる最後の審判のことで恐ろしいと思われるかもしれませんが、恐れるのは神を信じようとしない人であり、主イエスさまを信じる者にとっては何ら恐ろしいことではなく、むしろ待ち望まれる日です。
20節bにも「そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待っています」とあります。さらに21節には「キリストは万物を支配下に置くことさえできる力によって、私たちの卑しい体を、ご自分の栄光ある体と同じ形に変えて下さるのです」と続きます。
終りの日に私たちがキリストと同じ栄光の体に変えられ復活させられるとは何と嬉しい預言でしょうか。パウロはそのように約束をして下さる神さまがいつも共にいて下さることを誇っているのです。